ProductionNotes
プロダクションノート
TikTokで話題を呼んだ
衝撃の恋愛小説を映画に
数多くのラブストーリーがあふれる中、田辺圭吾プロデューサー(以下田辺P)の目にとまったのはTikTokで驚異的な再生数をたたき出している恋愛小説「恋に至る病」だった。
「話題になっていることを知って読み始めましたが、これまであまり読んだことのないタイプのラブストーリーでした。読者によって解釈もいろいろできるし、サスペンスフルな展開も面白い。何より物語全体を覆うダークな空気感に惹かれました」
映画『きいろいゾウ』に関わった経緯があった田辺Pは、同作品の制作プロダクション:ダブの宇田川寧プロデューサーへ相談し、廣木隆一監督に映画化を打診。これまでも多くの青春映画、恋愛映画を手がけてきた監督は快諾し、本格的に脚本作業がスタートする。脚本はベテラン・加藤正人に依頼。若者をメインターゲットとする作品という事情を鑑みて、加藤氏の実の娘・加藤結子との親子2人体制で進行していくという新しい試みもなされた。
「ベースは正人さんが書かれ、結子さんの方からより若い人たちの感覚に合ったセリフに変更してもらったりということはありました。そのおかげでそれほど稿を重ねることもなく、最初から違和感のない脚本に仕上がって感謝しています」(廣木監督)
もちろん映像作品ならではの改変も。原作では主人公の宮嶺望と寄河景の小学生時代から描かれているが、映像化にあたり最初から2人は高校生設定とした。
「一番大きかったのは、景の抱える秘密をいつ宮嶺にバラすのかというタイミングです。我々としては早い段階で2人が秘密を共有し、そのうえで“好き”と言えるのかという流れにもっていきたかった」(田辺P)
「宮嶺と景が秘密を共有するということに軸足を置いてから、ラブストーリーとしての柱がより立っていったと思いますし、それは映画にも顕著に表れていると思います」(原尭志プロデューサー、以下原P)
原作者の斜線堂有紀サイドは、映画と小説は別のメディア作品として理解を示し映画版の脚本も楽しみながら読んでくれたという。
「景の正体や警察組織の描き方などは、どうしても映像の方がリアリティ寄りになっていますが、その絶妙な加減を加藤さんたちが探ってくれました。斜線堂先生側からは“これはこれで面白いですね”とご快諾いただき、本当に感謝しています」(田辺P)
長尾謙杜×山田杏奈――
今の時代の“闇”を体現する2人
キャスティングに関しては、「原作を読んだ時から長尾謙杜さんと山田杏奈さんの顔が浮かんでいた」(田辺P)との言葉通り、2人にファーストオファー。長尾と山田は映画『HOMESTAY(ホームステイ)』で共演経験もあり、共に決して一筋縄ではいかないこのラブストーリーに体当たりで挑むことに。
「お2人とももちろん輝きを持った方たちなのですが、どこか文化的な匂いがあり、説得力のある“闇や翳り”をお持ちなんです。この作品はいい意味で思春期特有の痛みを伴う物語を目指していたので、そこは大きかったですね」(田辺P)
宮嶺も景も難役といえるキャラクターだが、「2人から事前に質問や相談などはあまりなかったと思います」と監督。
「本当は聞きたいこともあったのかもしれませんが、僕はいつも“まずは何回かやってみてから”というタイプ。台本にはもちろん役の行動やセリフは書いてありますが、現場では理屈じゃなく動いてほしい。お2人はまさにそのタイプだったので、今回の映画にはまったなと。“台本に書いてあるからこうだ”ということは僕はしたくないし、そこはあえて揺れてくれていいと思っています。そういう意味ではお2人とも役者としてのタイプが似ていたのかも」
気弱で引っ込み思案の宮嶺と、いつもクラスの中心にいる華やかな景。一見全く対照的な2人が強烈に惹かれ合う姿にも説得力が必要だった。
「普通に考えたら“なんで景みたいな子が、宮嶺を好きになるの?”と思う。でも景は宮嶺が自分にないものを持っていることへの恐怖感があるのかなと。景は蝶がサナギから生まれ変われるようにどこかで“生まれ変わり”を信じてしまっているけど、宮嶺は現実的にそんなことはないと思っている。そういう強さに景は憧れたんじゃないかな。互いが足りないものを補い合うようなバランスの良さがあった気がします」(監督)
現場では常にいい距離感を保っていたという2人。
「以前共演されていたのは大きかったと思います。撮影合間も仲良く会話しつつ、でも一定の距離感はあって。“言わずもがな”のような信頼感があり、こちらとしても安心してお任せできました」(原P)
2人を取り巻くクセの強いクラスメイトたちもフレッシュな新星が揃った。
「このクラスは全員勘がいい子たちばかりでしたね。そのシーンに必要な空気をすぐ飲み込んでくれて、全員揃って撮影をする時はすごく(撮影が)早かった。ただのいい子ばかりではないあのクラスの雰囲気を、彼ら彼女らが見事に作ってくれたなと思います。そのトップに君臨しているのが景というリアリティも出ました」(監督)
監督とは『さよなら歌舞伎町』以来のタッグとなる前田敦子が、重要なキーとなる警察官・入見役で出演しているのにも注目したい。
“日常との地続き感”を意識した
ロケーションの数々
撮影は2024年7月から約1か月、ほぼ順撮りのオールロケで行われた。物語の舞台の具体的な土地名は出していないが、ロケは横須賀近辺がメイン。海や水族館など水を連想させる清涼感あふれるロケーションが多く、そこはかとない“地方都市感”と、我々の日常と地続きな風景の数々を意識してのロケ地選定が行われた。
「この映画は決してホラーではないですし、そのような直接的な描写も多くありません。でもゾッとするような出来事がふと日常に入り込んでくる方が怖いという、その加減は意識しています」(監督)
景が乗ったモノレールと自転車で並走する宮嶺のシーンも印象深いが、実際かなりの走行距離を長尾自らが走っている。
「あのがむしゃらさ、必死さは宮嶺を演じるうえでは絶対に必要でした。普段の宮嶺とは自転車の漕ぎ方が明らかに違う感じにしたかったんです。長尾くんは本当に必死でやってくれましたし、その姿を見つめる山田さんの表情も“どっちなんだろう?”という表現をうまく演じてくれました」
撮影は営業中のモノレール車両をまるまる貸し切り、かつ大幅な道路の人止めをして行われた大規模なものとなった。
草むらでの2人の印象的なシーンも、偶然設置してあったベンチを利用して撮影するなど熟練した廣木組ならではのフレキシブルな対応が光る。景が大勢の生徒たちの前で自殺を止める演説をするシーンや、後半の前田演じる入見と静かに対峙する宮嶺のシーンでは、その役への没入ぶりにスタッフも驚かされたという。
「景の演説シーンは我々スタッフも山田さんのカリスマ性に圧倒されていましたし、取調室のシーンでの長尾さんは直前までスタッフと談笑していたのに、オンオフの切り替えぶりがすごいなと思いました。監督が前もって細かく指示を出されないぶん、お2人は自分たちで役をつかみにいっている感じがして、日を追うごとに宮嶺と景になっていくように見えました」(原P)
クライマックスの屋上シーンは、某高校の屋上でロケ。安全柵がない作りであったため、最大限安全に配慮しながら重要なシークエンスの撮影が慎重に行われていく。
「このシーンもまた日常生活の延長線上のように見えてほしかったので、ロケ地選びにはこだわりました。屋上から鉄塔が見える景色もよかったし、その中で見ている方に思いがけない恐怖を味わってほしいなと思っています」(監督)
実は突然の雨に見舞われたというこのカット。運よく途中から晴れ間が現れ無事に撮り切れたが、同じく宮嶺の海辺のラストのドローンカットも、「いきなりザッとスコールが降ってきて。今日はもうダメかと思ったら、その後すぐ綺麗な夕焼けが出て奇跡的に晴れたんです」(田辺P)という幸運に恵まれた。
普段はバーベキュー客で賑わうというのが嘘のような静かな海岸でひとり佇む宮嶺の横顔は、観客に切ない余韻を残してくれるだろう。
「若い世代はもちろんですが、彼らのような時代を生き延びた大人の方たちにも是非見てもらいたいですね。今生きている社会もそれほど悪いものじゃない。ちっちゃいけど希望みたいなものを持って、皆生きているという風に響いてもらえるといいなと。監督としてはこの時期にしか撮れなかった長尾くん、山田さんの瞬間をこのスタッフと撮れたということが嬉しいです」(監督)
遠藤薫(取材・文)